永田町駅動画取材でちょいと足を伸ばして警視庁本庁舎見学コースに行ってきました。私は大型自動二輪車の免許が有りますから、二輪は全て乗れます。写真は乗り慣れている感でしょう。
庁舎内で撮影できるのはこの記念写真コーナーだけです。庁舎内は狭くて地味でした。しかし、庁舎内にある110番を受け付ける通信センターは地震が来ても震度を半減する免震装置が付いていて大地震が来ても110番通報の受付フロアーはびくともしないとのことでした。
また、3月31日だったので、警視庁の定年退職式典の日でした。警視庁には43000人いますから40年働くとして毎年1000人は退職するはず。全員は本庁舎に来られないので代表者だと言うことでしかが500人位みえましたね。警視庁音楽隊が玄関ホールで「蛍の光」を演奏、現職警察官や事務官が拍手で送り出していました。感動しますね。
胸にリボンをつけて胸を張って送られて行きましたね。
一般の会社のように花束はありませんでした。
警視庁の警察官はとても優しいですね。私はたまに警備の警察官に声をかけますが、応対がとても親切丁寧で優しいです。大変な仕事ご苦労様と言いたくなりますね。
警視庁の退職記念式典を見て自分の退職の日を思い出しました。社内の人が沢山出席した中、玄関ホールで女性から花束を貰い、写真も一枚有ったような気がします。
その時に感じたのは山あり谷ありの激動のサラリーマン生活をよくもまあ無事に円満退社出来たなということでした。私は会社のためには定年延長するより退職するのが一番貢献できる考えていました。一杯お世話になった会社への心ばかりの恩返しが定年できちんと辞めることでしたね。大層お世話になったのに殆ど何も貢献できませんでしたから。誰でもいろんなことが起こりますが円満退職できた時は嬉しいものです。
退職の半年前から東京の映画学校に通っていて、退職後更に半年、合わせて一年間毎週東京に通いました。そして退職のの翌月にFFビデオ制作を立ち上げたのでした。
ビデオ屋は早く立ち上げてHPも作りますから、自営業者は失業していないと言われて失業手当は一円ももらえず約100万円はお国に寄付してしまいましたね。何と私は国家にも多大な貢献をしていたのです。
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