西日暮里駅動画取材で広大な谷中霊園に行きました。ここは何度も来ていて土地勘があります。
膨大な数の墓地を見ると感じることがあります。大きな墓を作るのはいいのですが、次の世代の管理費負担が重くなること。余裕がないと払えませんね。持ち主不在の墓地もちらほらあります。管理費の支払い催促の看板を立てられています。
金を稼いだと言って大きな墓を立てても日本の税制は財産一代限りですから、遺産は半分以下にされます。幾ら財産があっても使うのはアッと言うまですからね。
すると大きな墓は子孫の負担になることが分かります。管理費負担も掃除などの維持管理もしなくてはなりません。大きな墓も維持管理されていない草ぼうぼうのところがほとんどでした。やはりお墓は身の丈に合った普通のものですね。子孫に放置されない程度のものに。
ところで出世した人は大きな墓石を立てていますが、100年もたてば石がダメになるでしょうね。所詮形あるものはいつかは無くなってしまいす。
しかし、名声は違うのです。一世を風靡した人、世に出た人、日本国のために活躍した人、歴史に名を残した人。これらの人は死後の扱いが違います。墓には人物の業績看板が立ちます。寺院の前にここに墓があるとの案内看板が立ちます。集客力がありますからお寺も無駄にはしません。客寄せを兼ねてお墓にも看板が立ちます。
このようにみると、人は名声を残した場合のみ集客価値がありますから看板が立つということです。平将門は庶民の味方で命をかけて戦った人ですから、大手町に首塚が残っています。日本国をロシアの植民地の危機から救った東郷平八郎は命として東郷神社に祭られその業績を後世に伝えています。やはり日本のため、人々のためにとても貢献した人はその名声を後世に残し、後世の人の模範にするということですね。
もうひとつは自分の土地を市町村に寄贈する。街中ならそこを公園にして例えば「森川記念公園」とう名前を付けてもらうと言うように。田舎だと要らないと言われるのが落ちですけど。名前を残したいという下心が見え見えですからね。
まあ、凡人の私では名声など無理ですから人に迷惑をかけないように始末しておくことですね。
このように考えると、名前を残すには小説家を雇って自分を主役にした小説を書かせる手もあります。成功したのなら伝記もいいと思います。本にすると国会図書館に納本することで永久保存できますからね。もっとも、私は昔正義の味方だった頃既に納本しています。事情により妻の名前ですが、検索すると出てきますね。今度は自分の名前で残したいものです。問題は原稿用紙300枚描くのはとても大変な作業だと言うことです。
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