概要
年老いた両親の東京旅行を通じて、家族の絆、夫婦と子供、老いと死、人間の一生、それらを冷徹な視線で描いた作品。
長男の嫁の文子は母親に対して孫の前ではおばあちゃん、いないときはお母さんと使い分けている。
血の繋がる実の子供よりも、繋がりのない二男の嫁の方が遥かに優しく親孝行という対比が大きな葛藤も作らずに丁寧に描かれていて胸を打つ。この映画を見ると親孝行を実践したくなる。
この映画は台詞が多く約1500もある。しゃべりっぱなしである。これは同居している家族ではなく、尾道から東京見物に出てきた普段会話のない両親とのコミュニケーションのために多くなっていると思われる。そうしないと意思疎通ができないから。そして、家族と人生の彩模様を丁寧に台詞で伝えている。
初めに尾道の隣のおばさんが東京では皆さんお待ちかねで、今日お立ちですか、立派な息子さんや娘さんがいてお幸せでと言われて物語が始まる。
東京では表向き歓迎されるものの、家族のきずなが薄い現実に出あい泊まるところもなくなってしまう。
観客に親孝行を問う。
ラストの葬儀の後、また近所のおばさんが話しかけてくる。皆さんお帰りになってさみしゅうなりましたな。そして、父の周吉はこんなことなら生きとるうちにもっと優しくしてやればよかったと思いますよという。
夫婦間の優しさについても観客に問う。
予告編 http://www.youtube.com/watch?v=ih7usk8w2NY
本編 http://www.youtube.com/watch?v=m9xQCEnWGK8
映画分析感想
この映画が宝物である点
① 親孝行をテーマにしていて、時代を超えて、世界に共通する家族の絆、夫婦と子供、老いと死、人間の一生の物語であること。だから時代を超えて永遠に最高の評価が続くと思われる。素晴らしい脚本、まさに人の心を動かす芸術作品である。
② 演じる舞台が奥行きを作るために三層構造になっていて前景、中景、後景を設定している。それぞれの舞台の人物などに動きが与えられて実にリアルである。外の景色もすべて前景、中景、後景があり必ず動くものが映っている。
③ 紀子役の原節子さんが世界に通用する笑顔を持った女優であること。
④ 親に対する日本の素晴らしい言葉づかい、敬語が使用されており、いつ見ても学べる。
いい台詞
沼田、子供言うもんはおらなんだら寂しいし、おりゃおるでだんだん親を邪魔にしよる。二つええことはないもんじゃ。
周吉、わしも今度出てくるまではもうちょっと倅がどうにかにかなっとると思うておりました。ところがあんた、こんまい町医者でさ、わしも不満じゃ。じゃがのうコリャ世の中の親っちゅうもんの欲じゃ、欲張ったら切りがない。こりゃあきらめんならん。わしゃそう思うたんじゃ。
沼田、いまどきの若い者の中には平気で親を殺すやつもおるんじゃから、それに比べりゃ何ぼかましな方か。
子供の評価は比較のトリックの中にあり、比較対象を変えれば良くも悪くもなるという演出。
周吉、昔から子供より孫の方が可愛い言うけれどお前はどうじゃった。千栄子、お父さんは。やっぱり子供の方がええのう。そうですなー。でも子供も大きゅうなると変わるもんじゃの。志げも子供の時分はもっと優しい子じゃったじゃないか。おなごの子は嫁にやったらおしまいじゃ。幸一も変りゃんしたよ。あの子ももっと優しい子でしたかの。なかなか親の思うようにはいかんもんじゃ。欲を言えば切りがないが、まあいい方じゃよ。ええ方ですとも、よっぽどええ方でさあ、私ら幸せでさあ。そうじゃの幸せな方じゃの。
紀子は母千栄子の肩をもむ。これは金のかからない親孝行。
紀子は千栄子に少ないけれどと言って小遣いを渡す。これも限られた収入の親に対する親孝行。見習うべき。
60年前の台詞は今もそのまま通用する。廃れてしまっているけど。深く練られている台詞。
紀子と京子の会話。
母の葬式の後子供たちはみんな夜には帰ってしまい、次男の嫁の紀子だけが後に残る。
でもずいぶん勝手よ。言いたいことだけ言ってさっさと帰ってしまうんですもの。しょうがないわお仕事があるから。だったらお姉さんも仕事あるじゃありませんか。
お母さんがなくなると直ぐにお形見ほしいなんて、私お母さんの気持ち考えたらとても悲しくなるわ。他人同士でももっとあったかい。
だけどね京子さん、あたしもあなたくらいの時はそう思ってた。
でも子供って大きくなると親からだんだん離れていくものよ。お姉さま(志げ)くらいになるともうお父様やお母様以外のお姉さまの生活と言うものがあるのよ。悪気があるのではなく、誰だって自分の生活が大事になっていくのじゃないかしら。そうかしら、でも私そんなふうにはなりたくない。それじゃ親子なんてつまらない。
そうね、でもみんなそうなっていくんじゃないかしら。だんだんそうなるのよ。じゃお姉さんも。え、なりたくないけどやっぱりそうなっていくわよ。嫌ね、世の中って、嫌なことばっかり。
道徳教育の時間にこの映画を見せるところもあると思われる。古き良き日本の言葉づかいや礼儀は貴重な財産。
お正月に家族みんなで見る映画、ぜひ我が家でも子供たちに毎年見せたい。家族のきずなを残すために。
監督の作り込みチェックリスト 監督 小津安二郎
区分 |
NO |
項目 |
内容 |
脚本 |
1 |
タイトル |
東京物語 |
2 |
主題 |
(何についての映画か、問題、主張する思想内容) 家族のつながりと幻想 |
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3 |
テーマ |
(主題についての考え方、メッセージ、見解) 親孝行 |
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3.5 |
脚本 |
直線構造 |
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4 |
場所 |
東京、大阪、尾道 |
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5 |
時代 |
1953年 |
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6 |
季節 |
夏 |
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7 |
期間 |
1か月程度 |
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8 |
モチーフ |
(反復で表す) 母親の死。 長女の志げが、お母さんまた少しおおきゅうなったんじゃないかしら。太ったのかしら。 母の千栄子が孫に対して、あんたがお医者さんになる頃にはおばあちゃんおるかのう。 紀子がお母様またどうぞ東京へいらっしてください。へえ、でももう来られるかどうか。 千栄子の、これでもうもしもの事があってもわざわざ来てもらわんでもええけえ。 志げ、まるで一生のお別れみたいに。東京に来たのも虫が知らせたのよ。 医師の長男幸一がお母さん太っておられたから急に来たんだよという。
大阪の敬三は親孝行したい時に親はなし。 さればとて墓に布団は着せられず。×2回
お父さんお母さん×7回
もう戦争はこりごりや→某TV局だったら5回以上台詞あるだろうがこの脚本は1回きりでかえって印象的。息子たち三人が戦争で亡くなっているで十分。
父周吉と母千栄子が個別に、亡くなった二男の嫁の紀子に、いい人があったらあんたいつでも気兼ねなしにお嫁に行ってくださいよ。×2回 そうでさあ、幸せな方でさあ。2回
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9 |
隠喩 |
(別のもので意味を伝える) 医者の長男幸一の親子関係は子供が親に従順ではないが、これは尾道の親と東京の息子や娘たちと同じ関係である。
母の危篤で尾道に駆けつける時、東京の兄幸一と長女志げは相談して喪服を持参するが、次男の嫁の紀子は持っていかない。母親の命に対する考え方の演出。
長女の志げは葬式の後すぐに母の形見分けに帯と着物を要求するが、紀子は父周吉から妻がたいへんやさしくしてもらって感謝していたと妻千恵子が持っていた懐中時計を形見に受け取ってほしいと言って渡す。親孝行へのお礼を演出。 |
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ビジュアルデザイン |
10 |
照明 |
(キーライト、フィルライト、バックライト) 父周吉と母千栄子が泊まるところがなくなって紀子が会社から帰るまで時間つぶしをしているとき、カメラは後ろ姿だけをとらえ、かつ背中には影が落ちていて心情を演出。そしてただ一か所のカメラが移動するドリー撮影。 紀子のアパートで母親と紀子が寝ていて、母親泣いて紀子の顔と寝まきが明るく考えているシーン。 美容室で妻と夫が寝ていて妻だけに明かり、直ぐに警官にたたき起こされる。 泥酔した父親が深夜家に来て、長女志げがしようがないねと言ってこちらに歩いてくるシーン、怒る娘が暗いシルエットに。 泥酔した父親後ろ向きで、後ろから照明、顔は影。 母千栄子の枕もと、後ろ向き三人は影で危篤の母を見る。 父周吉が亡くなった母千栄子の枕もとでこの間東京へいて疲れたのが意見勝ったと言う時、顔に影の演出。 母がなくなってからの喪服の話の時、紀子の身体に影。 顔だけではなく体に影を落とす演出。 敬三が死に際に間に合わず、横顔に影。 |
11 |
色使い |
(コントラスト、配色) 娘の志げと紀子の寝まきは白い色で照明をあてて心情を演出。 母親が危篤の時の志げの着物は黒っぽい地味なものになる。 |
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12 |
主役の色 |
(どのように目立たせているか) 女性の寝まきは白い色で目立つ。 紀子の服装はいつも白で黒のスカート、清楚で優しい正直者を感じる。 |
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13 |
カラー白黒 |
白黒 |
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撮影 |
14 |
フレーム |
(スタンダードサイズ、ワイドスクリーン、シネスコープ) スタンダードサイズ |
15 |
配置 |
画面に現れる人は総て重ならない配置になっている。 カメラを意識した立ち位置が徹底している。 NHKの朝ドラ「ごちそうさん」を見ていたら同じようにキャストがカメラから見て重ならないように配置されていた。 |
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16 |
オフスクリーン |
(スクリーンの外を描く) 尾道の玄関の引き戸の動く影が壁に映る。 医院の玄関の音、チリチリンと聞こえてくる。 紀子のアパートで食器を洗っていると汽車の汽笛が聞こえる。 尾道のポンポンと言う船のエンジン音。 |
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17 |
カメラワーク |
(ロング、フル、ミディアム、ウエスト、クローズアップ、超クローズアップ) ミディアムショットやウエストショットの時、人物にピントが合い、背景は少しぼけるが、動く人や背景に何があるかはすべてわかる。ほんの少しのぼけにとどめていて被写界深度は深い。当然三層構造の舞台を奥に並べているから、最小限にぼけにして背景が見えるようにしている。 今の被写界深度の浅い一眼ムービーの撮影はぼかすと背景が光くらいしか表現できないので、モデル撮影向きと考えられる。映画で使用するには脚本のキャストの心情表現をどうするか、背景をどうするか相当考えないと難しい。 |
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18 |
アングル |
凄いのは、撮影するスタジオがきっちり奥行きのある三層の舞台になっていること。カメラから見ると前景舞台、中景舞台、遠景舞台の三層構造になっている。だからキャストは前景あるいは中景の舞台で演技する。その間に遠景では隣の家にいる人物が動いている。その舞台を固定カメラの仰角で撮影。ほとんど人物はローアングルで撮影して人物の尊厳を演出。 とにかく奥行きのある映像でZ軸を大切にしている。映画のスクリーンは平面だけど、奥行き三層の舞台を作って各舞台で人が動くのだから立体的である。 夏のスタジオだから窓を開けて奥の部屋が見える。さらに奥の部屋も窓を開けていて遠景の部屋の人やモノまで見えている。小津監督の冬の場面をどう取っているのか見てみたい。窓が開けられないから奥行きのある三層舞台が使えない。どう演出しているのだろう。 景色も前景、中景、遠景をきちんととらえている。その上、中景の中に動くものがある。船とか汽車とかバスが動く。多分尾道を選んだのは海を船が通過する。線路の近くを選んだのは汽車が走るから、道路があるのはバスが走るから。すべての画面に動きがある。活動写真と言われるゆえんである。だからキャストのシーンでは団扇や扇子、たばこを吸うなどしてキャストに動きを与えている。それは徹底している。動きのない場面はない。 また、キャストやエキストラはみんな違う動きをしている。それぞれの仕事や役目に応じたバラバラの動きをする。だからリアリティが出る。 奥行きのある三層構造の舞台設定、登場するキャスト全員の個別の動きが画面にリアルな躍動感を生む。 キャストは正面を向かない。正面から撮影するのは紀子役の原節子さんだけ。他のキャストは全部体を斜めに配置、首をカメラ方向に向けて台詞を言う。それがまた美しい姿になっている。 外の景色も前景、中景、遠景の三層になっている。その中には物語の場所が分かる工夫がされている。大阪の場合は遠景に大阪城が小さく見えている。 尾道の出だしの映像については近くの人しかわからないかも。自分もどこかわからなかった。もう少しシンボル的なものを入れるとか、駅を使うとか。分かりやすいといいかも。尾道は大阪以西の人しか場所も分からないのでは。 シーンの場所が切り替わるたびに象徴的な映像が入る。尾道なら海と船。東京は煙突から黒い煙。兄幸一の医院の外観や土手、美容室の外観、紀子のアパート全景など。環境音やBGMも切り替わる。 熱海の海岸の堤防の上を父と母が歩くシーン、手前の堤防下の水たまりに黒い二人の影が映って同じように歩いて行く、暗い心情の演出。 ラストシーンの周吉の寂しい姿のショットは有名。 |
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19 |
主観ショット |
(本人目線) 会話の中で主観ショットがある。沢山のキャストがカメラからみて重ならないように配置されているため、話すときは相手の方に首を振ってから話している。 |
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20 |
スローモーション |
なし。 |
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編集 |
21 |
スーパーインポーズ |
(別の映像を重ねる) なし。 |
22 |
リアクションシカット |
(加害者、被害者) 飲み屋の女将と沼田。 紀子のカットで会話の途中で手で髪をなでるしぐさのバストアップシーンが2回ある。 志げもある。女性らしさのカット。 |
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23 |
ディテールカット |
(目や手) この時代にはクローズアップは使わなかったのかもしれない。当然超クローズアップもない。バストショットまでである。 |
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24 |
カットアウエイ |
(別のカットを挟む) ない。 |
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25 |
カットバック |
(全く別の状況に交互に切り替える) ない。 |
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26 |
モンタージュ |
(裏の人格を見せるなど) ない。 |
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27 |
カラコレ |
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音響効果 |
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効果音 |
シーンに応じたBGMを使用している。 尾道は海が近く船のジーゼルエンジンのポンポンと言う音。母が亡くなってからの尾道のセミの声。 居酒屋で旧友と戦争の話をしているとき、軍艦マーチのBGM。 医院の二階は祭の太鼓と笛。 美容院は三味線と太鼓のBGM。 お葬式の後のひじの食事会ではお念仏のBGM。 教員の京子が務める小学校のシーンは童謡のBGM。 |
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沈黙 |
母がなくなった時、母の部屋に四人が座り、兄幸一はたばこを吸い、長女志げは涙をふくシーン. |
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30 |
モンタージュ |
(音と音、並列繋ぎ、対比繋ぎ) シーンに合わせた自然音やBGMを入れている。 |
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サウンドミックス |
(音の重ね方) 祭囃子はほんの小さな音、会話がなくなると少しボリュームアップ。 尾道の環境音に船の汽笛、あるいは汽車の汽笛。 |
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32 |
モチーフ |
(同じ音の繰り返し) 東京は工業地帯の映像と音、尾道は海とセミと船の音。 |
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感想 |
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前掲 |
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